連載エッセイ「街へ出て」より3作品を公開
「街へ出て」は、2012年3月まで発行されていた日本経済新聞本紙日曜版の第2部『THE NIKKEI MAGAZINE』にて連載された複数の筆者によるリレーエッセイです。片岡義男は古書を含む、日本国内で出版された本に関する13篇のエッセイを提供しています。
冬が急に寒くなり始めた頃のある日、地元イタリアンの名店で友人たちと夕食をともにする前、近くの古書店へ寄ってみた。数冊の収穫のうちの一冊が、三枝和子さんの『恋愛小説』という題名の小説だ。1978年刊行、布貼り箱入りという装丁で、古書としての価格は500円だった。恋愛小説という四文字言葉がそのまま題名になっている様子には、記憶の底になにごとかが呼び覚まされるような、そうでもないような、ごく軽度に奇妙な親近感を抱いた。店で夕食を始める前、三人の友人たちに見せたら、妙齢美貌の友人Aが、「ご当人にも同じタイトルの作品があるじゃないですか」と言った。ご当人とは僕のことだ。調べてみると確かに文庫にある。しかも三冊も。奇妙な親近感はそのせいだったか。
(『THE NIKKEI MAGAZINE』No.94 2011年2月20日掲載)
いつもの私鉄電車に乗って帰り道、あの店にしばらく寄ってないな、とふと思った。せっかくだから、という理由に背中を押されて途中で電車を降り、駅から三分のその店へいってみた。その店とは、僕が月に一度は立ち寄る古書店だ。収穫は充分にあった。そのなかに1949年に発行された月刊の家庭・婦人雑誌が四冊あった。なによりも僕をときめかせたのは、一冊360円で60年前に戻ることを可能にしてくれる、見事なタイムマシーンぶりだった。当時の家庭・婦人雑誌の定石として、どの表紙にもひとりの若い日本女性が描いてある。おなじ画家による作品だ。1949年の日本に、この僕は幼児から脱した次の段階の年齢の子供として、元気に存在していた。しかしそれでも、この表紙絵のような女性たちを、日常の現実のなかで目にしたことは一度もなかった、と断言する。
(『THE NIKKEI MAGAZINE』No.96 2011年4月17日掲載)
他人の目。これは日本の人たちが終生かかえて過ごす、もっとも大きなテーマだろう。自分は人からどう見られているか、という最小単位の景色から、外国は日本をどう見ているかという極大の景色まで、他人の目はすべてをとらえて容赦ないのか。外国の人たちが体験した日本についての記述、という領域で文庫の棚を探してみたら、ここにある九冊がたちまち見つかった。すべての現実から一時的にせよ脱却した気持ちで、彼らの記述した日本を追体験していくと、およそ信じられないほど精緻に想像されて組み立てられ、ニッポンと名づけられたまったく架空の国に遊んでいるような気持ちになる。したがってどの本も、日本の秋という季節における恰好の読み物であることは確かだ。
(『THE NIKKEI MAGAZINE』No.102 2011年10月16日掲載)
2026年7月24日 00:00 | 電子化計画


